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名古屋高等裁判所 昭和30年(ラ)48号 決定

抗告人 伊藤梅子

相手方 飯田春吉 外四名

主文

原決定を取消す。

抗告人に保証として金十万円を供託するときは本案判決確定に至る迄大垣市南若森町三百五十一番地日本ゲルマニウム工業株式会社取締役飯田春吉、同小川正嘉、同中間春吉、同渡部和市、同市川富治の各取締役の職務の執行を停止する。

申請手続費用は第一、二審共相手方等の負担とする。

理由

抗告代理人は原決定を取消し日本ゲルマニウム工業株式会社取締役たる相手方等の取締役の職務の執行を停止する旨の決定を求め其の抗告理由は別紙の通りである。

仍て本件仮処分申請の当否について案ずるに、疏明として提出された登記簿謄本、臨時株主総会議事録、日本ゲルマニウム工業株式会社定款によれば、抗告人は本店を大垣市南若森町三百五十一番地に置き、資本の額四千万円、一株の金額五十円、発行済額面株式の数八十万株なる日本ゲルマニウム工業株式会社の取締役であること、昭和三十年七月二十日の右会社の臨時株主総会において議案取締役五名増員の件について出席株主十五名此持株数一九八、九〇〇株、委任状一八五通此持株数三五五、九〇〇株、合計五五四、八〇〇株の議決権の行使により別段の発言もなく満場一致を以て相手方等五名を右会社の取締役に選任する旨の決議がなされ翌二十一日其の登記手続が完了したことの疏明があり、且右会社の証明書及前記定款、石川初次の委任状、石井駿三、伊藤道次、河本喜頼の各陳述書渋谷勝也の顛末書によれば、右会社の定款第二十一条は「株主は他の株主に委任してその議決権を行使することができる、この場合には代理権を証する書面を総会ごとに会社に提出しなければならない」と規定しているところ右決議において右会社の株式二千株を有する株主石川初次は右定款に反し同会社株主に非ざる大垣警察署勤務巡査広瀬定男を代理人に委任し同人を右総会に出席させ議決権を代理行使せしめたこと、右取締役増員は不当な会社乗取策を企図して行われたもので之れに協力して右広瀬定男等が、右総会決議を之の意図する方へ導くため同会社役員、株主等に脅迫的手段を弄したこと、並右会社の負債は数百万円に及び緊急を要する支払は二百数十万円なるところ、右株主総会の取締役五名増員に関する議案は昭和三十年六月二十八日大株主及株主中の有志で開かれた同会社株主委員会で定められたものであつて取締役増員の目的は右緊急を要する支払等同会社の資金獲得の為めであつて、取締役に選任された相手方等五名は右資金援助を了承したから取締役に推薦されたのであつたのに拘らず右総会の決議で取締役に選任せられるや前記援助協定を無視し何れも資金援助の必要なしと謂い会社の業務に協力する意思なく会社の業務は同人等によつて撹乱される虞のあることが夫々一応疏明せられており又抗告人は右会社を被告として前記株主総会決議取消の訴を岐阜地方裁判所大垣支部に提起していることは本件記録上明かである。

されば以上疏明せられている事実によれば商法第二百七十条により仮処分を以て相手方等の取締役の職務執行を停止するのを相当とする。蓋し右決議においては五十五万四千八百株の議決権が行使されて満場一致で議案が可決され其の内定款に反する議決権の行使として其の疏明あるものは前記株主に非ざる広瀬定男により代理行使された石川初次の二千株に過ぎず到底決議を左右するに足る数ではなかつたけれどもたとえ全体に比して僅少と雖も如上の事情を背景として右定款違反の議決権行使が包含されて決議が成立している以上右総会の決議の方法が定款に違反するものとして商法第二百四十七条所定の取消原因及び本件仮処分の必要性は疏明されているものと謂わなければならない。

然らば原決定が本件仮処分申請を却下したのは失当であるから之を取消し本件申請を認容すべく民事訴訟法第四百十四条、第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十三条に従い主文の如く決定する。

(裁判官 山田市平 県宏 小沢三朗)

別紙

抗告理由

一、日本ゲルマニウム工業株式会社の事業遂行促進(緊迫せる債務支払いが主であつた)のため大株主及株主中の有志が昭和三十年六月二十八日会合して株主委員会を設けて会社の財政上窮迫状態を救うために取締役を増員する。

その取締役になるものは会社の債務を一時立替拠出し得るものを推薦するとの条件で被抗告人渡部和市外四名を推すことに協議一決した。

而して被抗告人等は新重役に選任して貰わねば金融は出来ないと云うので臨時株主総会を招集することになり同年七月二十日総会を招集、開会して右五名を新取締役に選任決議した。

二、然るに被抗告人渡部和市並に株主である吉川清司なるものが同日午前八時三十分頃突如、大垣警察署勤務巡査広瀬定男を同伴して取締役渋谷勝也の宅を訪れ同人に対し会社代表取締役河本喜頼及監査役伊藤道次なるものは会社の金員を横領費消しているお前もその同類であると恰も共犯の一人であるが如く脅迫して畏怖せしめ総会に出席せしめて議長の職を掌らしめ一方現職巡査である広瀬定男なるものを株主であるが如く装わしめて総会に出席せしめ株主石川初次の代理人として株主の議決権を代行せしめて被抗告人等を新取締役に選任決議をした。

右決議は会社の定款に代理人を以て議決権を行使するにはその代理人は会社の株主に限定されている定款違反であり且、著しく不公正(取締役渋谷を脅迫したり株主総会に現職巡査を出席せしむる等)な決議であるから昭和三十年七月二十五日附を以て岐阜地方裁判所大垣支部に抗告人から決議取消請求の本訴を提起したのである。

なお会社の株主である小松周海より昭和三十年七月三十日の名古屋経済新聞第七面記事に本件事件の内容が掲載されて初めて知つたが同年七月二十日の臨時株主総会の招集通知を受けていないと同年八月一日右小松より会社の監査役伊藤道次宛に通知してきた(通知の葉書及小松が株主である証明書を添付する)

三、然るに日本ゲルマニウム工業株式会社は財政的に窮迫しており新取締役に選任された被抗告人等は会社を運営する技能もなく且選任せらるゝ条件の金融もせず只会社を撹乱し会社を乗取ろうと専念するのみであつて此儘に放任しておいては会社は破産状態となり潰滅するの外はないから各債権者に対しては懇願了解を求めて会社事業の運営の途を講じなければならない必要に迫つている、一方決議取消請求の本案事件は三ケ月後でなければ第一回の口頭弁論期日を指定されないことに法律上定められているので今日の会社の状態を斯く遷延していることができないので本仮処分の申請に及んだのである。

四、然るに原審は広瀬巡査の行使した議決権は会社定款によつて無効ではあるが右違反は僅か二千株で他は全員一致であることから見て選任決議に影響がない斯る場合にも総会の決議取消の訴が認容されると解する見解もないではないが当裁判所は之に加担しない蓋し時間と費用の浪費に過ぎないからであるとし、明治三十四年頃の今から五十四、五年前の古い大審院判例を引用し右の解釈は裁量棄却(商法第二五一条)が削除されたことを斟酌しても変らないと判示し本申請を却下した。

五、会社が株主総会において定めた定款に会社の株主でないものに代理せしめて議決権を行使せしむることを禁じたのは会社の経理、内容など主要な事項を第三者に知恙せしめてはならない真に会社の利益擁護のために定めたもので代理せしめた株主の議決権行使のみを無効たらしめると云う趣旨ではない。

決議事項の内容によつて第三者に会社内部を撹乱せしめられ又その内容を他に宣伝、漏洩さるゝ虞れがあるから単に議決権の数の問題ではない。

本件のような事態が(株主にもあらざる現職警察官を総会に出席せしめて議決権を代行せしめるまでは予想していなかつた)発生することを予期して定めたものでその場合仮りに株主でないものゝ代理権を行使した数によつて議決権が過半数となる例えば本件の場合、石川初次の広瀬巡査に代行せしめた株数が多くて議決権の過半数を左右する場合に始めて定款違反として無効若くは取消しを認めると云うことになると云うのか、斯くの如き事態が発生する場合を予想して会社は定款において株主にあらざるものを代理人として議決権を行使せしめることを限定したのである。

即ち会社は委任された株式の数が少い場合には決議は有効となり多い場合は無効であると云う結果になるから株数の多寡を問はず苟も本件の場合のような決議があつた場合にも会社の利益擁護のためその決議自体を認めないと云う目的のために定款に規定したものである。

この点は本案訴訟の口頭弁論において充分立証すべきものである。

六、而して原審は既述の通り裁量棄却の削除されている商法第二五一条を引用し同条が削除されたことを斟酌しても変らないとしている。

削除された商法第二五一条は決議取消の訴の提起ありたる場合に於て決議の内容、会社の現況其他一切の事情を斟酌して其取消を不適当と認むるときは裁判所は請求を棄却することを得と規定していたのである。

この規定は決議取消請求の本訴が提起された場合に本案の口頭弁論の結果取消請求が不適当と認めらるゝ場合によるもので仮処分申請に引用さるべきものでない。

七、抗告人が本申請をなしたのは前記載の理由に基くものである。

然るに原審は本申請の根本である会社の現在の窮迫せる事態を救済せんとする趣旨であると云う点には一言も触れるところなく只決議取消請求の本案事件の内容のみを追及して決定している原審はその決定に本案事件の如き総会の決議取消の訴が認容されると解する見解もあると判示しているように凡ては本案事件の口頭弁論において立証をなし判決によつて確定すべき問題であつて、それまでは仮令抗告人の本案事件の取消請求が不適当であるとしても終局判決以前に猥りに判決の結果を予断すべきものでないにも拘らず原審は本件の決定をなすに当りてその理由に本案事件の決議は全員一致であつて広瀬巡査の行使した株式数は僅か二千株であつて決議には影響を及さない、斯る場合にも総会の決議取消の訴が認容されると解する見解もあるが当裁判所は之に加担しない、と摘示し一回の口頭弁論も経ない本案事件に終止符を打ち判決を宣告したも同様である。

何となれば当裁判所(決議取消請求の本訴提起は岐阜地方裁判所大垣支部であつて茲に当裁判所とあるは同支部である)は之に加担しないとあるからである。

原審の引用している削除された商法の(裁量棄却)第二五一条を若し仮処分申請事件の決定に引用さるゝとすれば本件申請の如き場合に他の事情を予断して判断(裁量棄却)すべきものではないとして削除したものと解する。

八、叙上の通り原審決定は本申請の趣旨を誤りて何等の理由を附せず本件に関連する本案事件を予断して本申請を却下した決定は失当である。

因つて茲に冒頭記載の如き決定を仰ぐため本抗告をする次第である。

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